5分経ち、残り時間3分。ワタルはそこから動かず、服の山に埋もれていた。疲れは取れた。だが、右膝の痛みは消えないし、何よりやる気が失せてしまった。一言で言うなら、諦めていた。
「‥‥」
悔しかった。また、妖精にハメられるのか。また妖精のせいで人生に一つ、汚点ができるのか。そう思うと、煮え切らない思いが湧いてくる。
だが、実際に何もできないのも事実だった。もうあいつは戻ってこない。今から立ち上がって見つけようとしても、無理だろう。悔しい。けれど、完敗だった。
ワタルは乾いた笑いを漏らした。
「あれ? まだこんなにいたの?」
「‥‥えっ?」
聞き慣れた声に、ワタルは顔を上げる。そこにはピクルがいた。ピクルは意外そうな顔でワタルを見下ろしていた。ワタルの顔はもっと意外そうだった。
「お前‥‥何でここに?」
「まだ時間もあるし、どうしてるかなぁって思って」
わざとらしく笑うピクルを見て、ワタルは再び服の山に顔を埋めた。
「どうもしねえよ」
「何もしないよりマシってさっき言ってなかった?」
「さっきだ。今は、違う」
「‥‥」
力無い言葉にピクルは小首を傾げ、ワタルの傍に寄ってくる。ワタルはもう手を出そうとしない。
「まだ時間あるよ?」
「お前はチャンスをくれるのか?」
「‥‥」
ピクルは答えない。それは勿論、その答えが「ノー」だからだ。それが分かっているのだろう、ワタルは小さく微笑む。
「こうして見ると、なかなか可愛いな、お前」
「ありがと」
「二年後に街でナンパしてやるよ」
「エッチできないよ?」
「男ってのはそれだけ考えてるわけじゃない」
ワタルは疲れた顔で笑った。ピクルも、少しだけ笑った。もう、ピクルに警戒心は伺えなかった。
残り時間2分。
ピクルはワタルから離れようとしない。余裕なのか、それとも何か考えているのか。
「どうしたんだよ、早く行けよ。爆発に巻き込まれるぞ」
仰向けになったまま、ワタルは胸の上で浮いているピクルに言う。ピクルは少し口をへの字に曲げる。
「今まで1番しぶとかったから、最後まで見てあげようって思ってね」
「‥‥妖精なんぞに舐められるなんて、俺の運も尽きたな」
ワタルは声を枯らして笑う。ピクルもそれにつられて小さく笑った。
その瞬間だった。ワタルの右手が素早く動き、ピクルの体を掴んだ。
「でも、尽きるならお前も一緒だ」
「‥‥へっ?」
一瞬の出来事に、ピクルは何もできなかった。ワタルはゆっくりと起き上がる。その目には狼の眼光が戻っていた。
「‥‥最後まで諦めちゃダメだぜ。お嬢ちゃん」
「あんた‥‥」
「お前だって噛んだだろうが。あおいこだ」
「全然あいこじゃない!」
歯剥き出しの顔で睨みつけるピクルを、ワタルはじっと見下ろす。
「これで、またあんただ」
「‥‥手離した瞬間に、タッチしてやるから」
「離す気は無い」
「‥‥えっ?」
ピクルの表情が曇る。ワタルは不敵な笑みを浮かべる。
「勝ちなら、それでいいさ」
「‥‥」
ワタルの笑みは不敵などではない、とピクルは分かった。無謀、無茶の顔だ。どうなってもいいから勝ちたい。ただそれだけの笑顔だった。
ワタルはピクルの両腕も一緒に掴んでいる。だから、もうタッチできない。離せばタッチできる。だが、もうワタルは離さない。
「‥‥」
完全な誤算だった。まさかこんな方法をとる奴がいるとは、夢にも思っていなかった。ちょっとでも油断して、甘いところを見せた自分がバカだった、とピクルは激しく後悔した。
ワタルはピクルを掴んだまま、仰向けになる。
「残り時間1分だ。何しようか?」
「‥‥何にもできないわよ」
「そうか? じゃあ、俺の昔話を聞かせてやろう」
そして、冗舌になって言葉を続ける。
「俺はな、妖精のせいで捕まったんだ。妖精なんかいなければ。俺は今頃こんな所にいなかった」
「ふうん」
「でもな、そのお陰でお前とこうして自爆できる事はちょっと嬉しいと思ってる」
「何でよ? 大怪我負うわよ」
「お前頭いいからな。そんな妖精と相討ちなら本望だ。これからは仲良くやろうぜ」
「‥‥ふんだ!」
ピクルは外方を向いてしまった。ワタルは大口を開けて笑った。
「さあ、時間だ! 一発ド派手にやれや!」
「いやあああ!」
ピクルが叫んだと同時に、二人を大きな爆発が包み込んだ。
人間妖精共用病院の一室。ワタルとピクルと包帯にグルグル巻きにされて、一つのベッドで寝ていた。ワタルの枕元にピクルが寝ている。
「やった‥‥これで俺は自由だ」
真っ白い天井を見つめ、ワタルは満足げにぼやいた。その様子を、ピクルがじっと見ている。
「せっかく5回目の記録更新だったのにぃ」
「悪かったな」
「悪いわよ」
ピクルはおもいきり頬を膨らませた。
あのゲームで勝ったは勿論ワタルだった。だが、ピクルの爆発にもろに巻き込まれたワタルも当然無事では済まされなかった。免罪にはなったものの、全治一ヵ月の怪我を負った。
一方ピクルは賞金も無ければ記録の更新もできず、しかも全治一ヵ月の怪我。死ななかったという事以外、いい事は無かった。
「でも‥‥あんな行動とるなんて、思ってなかったわ」
「バカだからな。それしか思い浮かばなかった」
「それじゃあ、私の方がもっとバカみたいじゃない!」
「頭がいいって言っただろ? 爆発の前に」
「覚えてない!」
ピクルはワタルの頭を叩く。痛くもなんともない。その様子をワタルは嬉しそうに見つめていた。
「でもさ、一つだけ分からない事がある。お前、どうして戻ってきたんだ?」
「へっ?」
「あの時戻ってくるなんて、どう考えてもおかしいだろ?」
「‥‥ふふっ」
ピクルは意味深な笑いを浮かべる。ワタルは眉をひそめる。
「何だよ?」
「ちょっとだけ、あなたが心配になったのよ。あんだけ粘ってたのに、突然諦めちゃうんだもの。死んだと思った」
「‥‥」
「まっ、結局それがあだになっちゃんだから、間抜けよね」
「まったくだな」
「‥‥」
ピクルはワタルの顔に乗り、鼻に噛み付く。が、やっぱり大して痛くない。手加減してるな、と思いながらワタルはピクルをひょいと掴み上げ、自分の胸の上に置く。
「いたたっ! もうちょっと優しくしてよ!」
「わりいわりい。代わりに退院したらメシおごってやるから」
「言われなくてそのつもりでした」
「やな女。‥‥でもな、そのお陰で俺はめでたく自由の身になれたんだ。感謝してるぜ」
そう言って、ワタルは窓の外を見た。久しく見ていなかった、街の空だ。その下には懐かしい光景が広がっている。そこでは人間と妖精が仲良く並んで歩いている。
前まで妖精が嫌いだったワタルだったが、あの街を歩く時は妖精と一緒でもいいかな、と思った。似たような事をピクルも思っていた。
終わり
あとがき
この作品は確か「世にも奇妙な物語」を見ている時に浮かんだ話です。これとよく似た話が確か中谷美紀さん主演であったはずです。
まあ、その作品は人間VS人間なんですが、それじゃ面白くないだろう、ってか、そのまんまだったらパクリになってしまう、という事で人間VS妖精という構図にしたんだと思います。
それと、タイトルはリッキー・マーティンの歌で「She Bangs!」というのがあり、そこからとりました。
数年前、このあとがきでよく出てくる携帯用小説として提出していたんですが、そのサイトが潰れたので、こうして載せる事が出来ました。
読んでいただき、どうもありがとう御座いました。